MBC野球発信局-袖番号96 伊東勉のページ。

17年9月から移籍。こちらでは社会人野球など野球中心の記述をします。

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クラブ野球選手権東北予選 伊東応援活動記―「俺はもう立てない」を乗り越えて(前編)【2023社会人野球】

 プロローグ
 
 2021年初秋。
 ある種の同調圧力に与することができないばかりか、与しないことに対して「熱量に比例しての憎悪」をぶつけられた私。己の意思を保つために、それを妨げる要因をすべて排した結果、人生のなかで一番ひどい人間不振に陥り、都市対抗野球岩手県予選すら赤崎野球クの不参加もあったとはいえ「パンフレットを買いに行っただけ」。野球場に行くことすら怖さをおぼえ、それはやがて野球に限らず、人間関係すべてにわたって関わりを絶つ状況になった。
 この時は「俺はもう、野球の場にいる立つことはできない」とすら思っていた。
 
 2023年晩夏。
 3対16という大差で応援するチームは敗れた。悔しいには悔しい。だが、私の心中は別な思いもあった。
 「東北で闘うことができた」
 折れなくてよかった、と思えた自分が、そこにいた。
 
1 東北予選を迎えるまで―“恩人”の逝去、応援準備
 
 私は楽曲応援を行っていますが、行う条件として①都市対抗野球の試合②クラブ選手権・クラブカップでは「東北以上の試合」のふたつを定めています。クラブカップなら8月だから7月のプラスアルファ仕事終わってから準備すれば…と考えていましたが、7月末開催のクラブ選出場。「四週間あるだろ」思われるでしょうが、第四週はたぶん「日常業務→木曜移動」でてんてこまいなるだろうし、第一週は「日常+実家処分用事」、第二、三週は「日常+アルファ」で、意外と時間がつくれません。
 そして第三週。最初に仕事のひとつがキャンセルに、そして、私に社会人野球という見識を与えてくれた吉田勝さんの逝去、とあわただしく時が過ぎていきました。応援の準備も当初は居住地市民ホールで楽曲を作ることも考えましたが、費用が工面できず、ゲームミュージックから編成するのがやっと…という状況で第四週を迎えます。
 
2 第一の目標「無事球場にたどり着く」。
 
 “プラスアルファ”で施行できた仕事も、今夏の猛暑で共同で作業にあたっていた方がダウンするなど進行が遅れ、ついには試合前日も夕方遅くまで仕事していましたが、完了に至らず。幸い関係者の理解もあり「続きは野球から帰ってきてから」としていただきました。
 旅支度は済ましていたので夜8時に出発。当初は全部高速利用で花巻―青森移動といきたかったのですが、物価高により節約を強いられたので安代までは一般道→奥羽山脈をまたがり道路が厳しくなる箇所を高速で移動。夜1時に津軽サービスエリアまで到達し5時まで仮眠、青森県営球場には6時30分に到達し、前泊していた赤崎クメンバーと合流しました。
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3 7月28日の激闘2試合①―対全弘前、15年ぶりの勝利。
 
 この日、青森県営で行われるのは3試合で試合開始は8時30分。6時半の球場集合も早くはありません。朝早いというのに、気温は30℃近くにもなるなか7時には赤崎、全弘前ともにグラウンドでアップを開始。世の中一般はまだ寝ぼけ眼でいる時間、このグラウンド内は決戦ムードは高まります。
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 この日、私が用意した楽曲は6つ。都市対抗ではテープレコーダーで音声出力していましたが、試合の数日前に不調に陥り、性能の関係で一度は使わないと決めたボイスレコーダーにデータを打ち直しましたが、急遽の作業で音量が安定しなかった部分には悔いを残しました。
 楽曲応援を始めたときからずっと使っていた「Feel my heart(ELTデビュー曲)」、今年の都市対抗から使い始めていた「ファミスタ2020バッティングマーチ」「台湾代表応援歌・尚勇」、以前使っていたのを再データ化した「忍者くん阿修羅の章BGM(※ファミコンゲーム)」「ロマンシング・サガ バトル1BGM」、今回初採用になる「スーパーファミコンテクモ キャプテン翼3BGM」を用意。曇天模様ながら陽射しも感じる天候のなか、9年ぶりの「クラブ選本大会をかけた闘い」が始まりました。f:id:b-itoh1975:20230815224833j:image
 対戦相手は全弘前倶楽部。前身は1973年に創立したきものセンタークラブ。同チームは78年に解散しますが、同チーム関係者が全弘前を結成して後を継ぎ、80年代から00年代あたりは青森を代表するチームとして奮戦。その後は弘前アレッズやブルースヨシフォレストの新設、三菱製紙八戸の伸長もあり苦戦を強いられる局面に至りますが、それでも長く活動を続け、今回クラブ選東北で戦う機会を得ることができたチームです。
 
 その全弘前との戦い、二回に一度追いつかれましたが、三回の若手選手の本塁打以降3イニングの攻撃で差をつけ、後半全弘前の粘り強い攻撃を主戦投手→副主将の継投で耐え、2008年以来のクラブ選東北予選勝利をあげました(※2008年も全弘前に勝利。須賀川クに勝ったのは「東日本クラブカップ代表決定戦」で、2014年はマークス、三菱製紙八戸に連敗)。
 楽曲応援する際、都市対抗と同じ要領で行うので、試合前後にはエール交換も入れます。このとき、コールを「弘前」ではなく、少々無茶入れてでも「全弘前」としたのは、困難な状況を越えて活動を継続し続けてきた全弘前クラブというチームに敬意を表してのものです。試合後荷物番の任務を負ったので挨拶にうかがえなかったことが残念でした。
 
4 7月28日の激闘2試合②―対リバース、七回に見せた執念。
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 まず一勝できて、このあと数時間おいて次の試合に臨む赤崎メンバー。ここから先は全国をにらむチームと相次いで戦うわけですが当方に失うものはなし。何をしても経験にしかならないのなら、メンバーにはただ懸命に対峙すればいい、と思いながら見届けていました。第2試合が予想以上の熱戦になり、ノーマークのEKC習志野が前年東北王者の東北マークスを撃破。試合中は瞬間的な大雨も降り、かなりの時間をおいてゴールデンリバースとの試合に臨みます。ゴールデンリバースは2008年初頭に活動を終えたユーランドクラブメンバーが結成したチーム。全国舞台では辛酸もなめながら「出れば1勝はできるチーム」にまで力をつけ、今大会も有力チームと目されていました。
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 赤崎は本来エースの選手が登板。力量は確かなものはありますが、仕事の事情で野球選手としての調整がままならず、「有るなかでの力投」は見せますが、リバースの攻略を受けます。さらに…リリーフも考えていた主戦投手を指名打者で起用―元々は主力打者―していましたが、頭部死球でダメージを負い退場。このあとは本来内野の要の副主将→今大会からようやく活動復帰した投手と継投しましたが、守備陣形も崩さざるを得ず、そのスキを突かれリバースに失点を重ねられていきます。
 そして…私も体力消耗+「息がすぐ上がってしまう」状態に見舞われてしまい、コール数を半減せざるを得ませんでした。応援活動再開を決めて以降、トレーニングも積みましたが、持病を増やしてしまうなどガタの来ている身体状況は正直に現れ、チームメンバーにも変調がバレる始末。ヘッドセットでのコールができない―ハウリング起きる―ことも響きました。
 
 レベルが上がる相手に猛暑の中の長時間の激戦…テンションはどうであろうが、間違いなく体力は削られるものに。それでも「何もできなかった」は嫌だ、とばかりに七回裏に猛反撃。普段はチャンスメーカーとなっている選手が、大人しい性格をかなぐり捨てての気迫の一打を右中間に飛ばし2点を返すと、さらに新人選手の進塁打でこのイニング3点目をあげコールドは阻止。さらに主力捕手の三塁強襲タイムリーヒットでさらに点差を詰めました。八、九回もチャンスは作りましたが2アウトからだったこともあり得点を上げるには厳しく、この後にも失点を重ね4―12の大差で敗戦を喫しました。
 一時はコールド敗退の危機から九回試合をやりきったことが「力の差を見せつけられこそすれど、一つの収穫だった」と思うことにし、青森県営球場を後にしました。f:id:b-itoh1975:20230815225003j:image

 当初はひとつの記事でまとめようと思いましたが、長い一文にしてしまいました。前後半に別けての記述とし、7月29日に関わる部分については「後編」として記すことにします。
 
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