MBC野球発信局-袖番号96 伊東勉のページ。

17年9月から移籍。こちらでは社会人野球など野球中心の記述をします。

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13日夜11時の地震/記事製作進まない件について。

 2月13日夜11時に起きた地震、皆様のお住まいの地域では大丈夫でしょうか。幸い津波は起こらなかったものの、震度6強まで行く地震は久しぶりで、「3・11」も近くなっているだけに、あのときを思い起こさせるものとなりました。こういう大きい地震の時は余震気をつけなければならないです。皆様お気をつけてお過ごしください。

 野球の記事制作ですが、頭の中でブレーキがかかってしまって進めることができなくなっています。1ヶ月前に2020年に行われた公式戦は全部書き終えて、さぁと思ったところにこれです。精神的なこわばりが取れ次第続きを書くというふうにはしますが、そのこわばりをどうを取り除くかは模索中です。
 社会人野球の日程案が回ってきました。なんとかシーズン入るまでは野球場に行けるような調子を取り戻す、それで頑張ろうと思います。調子戻ったら野球場でお会いしましょう。

1月17日、阪神大震災から26年。

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 26年。

 そんなに月日が経ちましたか。

 これまで45年生きてきましたが、「阪神」と「東日本」の両大震災は自然災害の厳しさを多大な犠牲の上に示されたものと認識しています。起きたことから学び、それに対応すんべ…と思いはしますが、その道は険しいものです。諦めてしまうのは簡単ですが、ここでも諦め悪く生きていくとしますか。

 あの日、犠牲になられた方に向け黙祷。

下克上の末優勝は江刺―20年9月開催の岩手県知事旗大会結果【2020社会人野球】

 今回の記事では2020年9月19日に行われた岩手県知事旗大会の結果を記していきます。
 当初は6チーム参加によって2日間で行われる予定でしたが、日程変更の余波を受けて盛友クラブとJR盛岡が辞退、参加4チームによるワンデートーナメントで行われました。以下に結果を記述しますがとんでもないことが起こりました。まずご覧ください。
◆一回戦 オール江刺 3―2 トヨタ自東
 チーム結成当初の2012年を除いて、水沢駒形以外でトヨタに勝ったのは初という番狂わせが起きた。トヨタは三回に先制も追加点が取れず、江刺が五回、七回、八回に1点ずつ奪い逆転。右本格派の千葉→若手左腕関の継投で逃げ切った。トヨタは先制以降思うように戦いきれなかった。
◆一回戦 MKSI BC 6―1 水沢駒形倶
 今夏都市対抗野球県3位決定戦のリマッチとなったこの試合も下克上が起きた。初回に駒形が先制するもMKSIは三回に追いつき、五回に3点、六回に1点を奪い突き放すと、エース田村が駒形を1失点に抑え完投勝利。駒形は中盤の攻勢を食らった後体勢を立て直せなかった。
◆決勝戦 オール江刺 8―1 MKSI BC
 三回に先手を取ったのはMKSI。このまま奥州市チーム2連破かと思われたが、江刺は中盤に高橋祥のホームランをはじめ攻勢をかけMKSI先発中島を攻め立て、投げてはベテラン小山→二刀流宇部とつないで優勝を成し遂げた。
 表彰選手は以下の通りです。(敬称略)
 関 勝人(江刺・最高殊勲選手賞)
 田村洋人(MKSI・敢闘賞)
 千葉晴也(江刺・首位打者賞)
 大会会場が久慈地域だったために直接の観戦ができませんでした。何といっても驚いたのは江刺によるトヨタ撃破。
 2012年は選手13人で投手陣も野手として出場する状態下他企業チームの後塵を介しましたが、2013年以降は岩手県内でほぼ無敵、時々風穴を開けるのは水沢駒形のみ。2018年都市対抗県決勝ではその駒形をも完膚なきにコールドで打ち破るという試合を展開し、「独走を許すのか…」と思われました。
 しかし、この試合で江刺、そして10月末に行われた岩手アマチュア王座決定戦ではJR盛岡がトヨタを打ち破るという成果を成し遂げました。MKSIも19年クラブ野球選手権県優勝や今回の駒形撃破と実績を積み、総じて「風穴を開けてやろう」という空気が生まれてている様子に…あえて言えば「面白さ」を覚える思いです。
 年が明けてからぼそぼそと2020年に行われた公式戦の結果を書いてきましたが、この次に製作する2020年記事はそのまとめの記事を記します。準備が必要なので時間がかかるので、しばしお待ちいただくことをお願いいたします。お付き合い頂きましてありがとうございました。

2020年9月5、6日開催・東北クラブカップ結果。【2020年社会人野球】

 ここからは去年リアルタイムで記事制作できなかった東北クラブカップ大会の結果を記していきます。去年のプレビュー記事でも書きましたが秋田県は県予選を開催できずCC東北進出チームの選出不可。岩手も日程変更の影響で、岩手県クラブ選手権二回戦敗退チームから2チーム推薦するという形をとりました。どのチームも県外に出ての試合で陣容を揃えるのも大変だったようですが、それでも各自調整して、2日間7試合行いました。
 一回戦、準決勝は9月5日に鶴岡ドリームと酒田光ケ丘、決勝戦は6日鶴岡で開催。以下記述していきます。
◆一回戦 鶴岡野球ク 11―1 前沢野球倶
 ここ数年の積極的な取り組みで評価され推薦された前沢だったが、経験豊富な鶴岡に初回に4失点、三回にも2失点でペースを握られた。鶴岡は手を緩めず、五、六回に5得点、投げては4投手が前沢打線を1点に抑え逃げ切った。前沢にとっては1点奪い、若手投手が経験積んだのが収穫も苦い本格東北デビュー戦となった。
◆一回戦 TFUクラブ12―1 小峰クラブ
 都市対抗県予選準決勝進出で久しぶり東北出場の小峰ク相手にTFUは三回までに10点を挙げ勝負の流れを引き寄せた。六回にも2失点を食らった小峰はただで帰れないとばかりに七回に攻勢。1点を返し足跡を残した
◆一回戦 福島硬友ク 7―6 天童エンジェルス
 小峰ク同都市対抗県4強、富士通と接戦を演じ今大会の優勝候補と思われた福島硬友クだが、約10年ぶりに東北の舞台で戦う天童が予想以上の善戦。四回に3得点を挙げ勝ち越し、八回までに硬友が逆転したものの9回に天童が再逆転。このまま東北初勝利と思われたが、硬友が再再逆転サヨナラ勝ちを収めた。
◆一回戦 三菱製紙八戸7―5 一関BBC
 今季都市対抗の県予選3勝が認められて推薦された一関が序盤攻め込み、三回までで5―2とリード。八戸は三回以降じわじわと差を詰め、七回にはついに勝ち越し。両チームとも投手は東北初経験者が多かったが、攻撃陣にベテランの多い八戸が一歩先んじた形となった。
◆準決勝 TFUクラブ6―1 鶴岡野球ク
 三回までは両者無得点。四回に鶴岡が1点先制し波に乗るかと思われたが、TFUがすぐ裏に逆転、五、七回に2点ずつあげ差を広げた。鶴岡は必死に反抗の糸口を見つけようとしたが、TFU投手陣の前に抑えられ、5投手継投も実らなかった。
◆準決勝 福島硬友ク 5―4 三菱製紙八戸
 東北経験も豊富な両チームの激突。先制したのは八戸だったが、福島が五回に4得点挙げ逆転。八戸も粘り腰を見せ八、九回の3得点で追いつき延長タイブレークにもつれ込んだ。十回の攻撃で福島が1点あげ、裏の八戸の反撃を封じ込め決勝進出。
◆決勝戦 TFUクラブ2―1 福島硬友ク
 マークスを破ったTFUと富士通と互角の戦いをした福島硬友クの試合は僅差の鍔迫り合いとなった。初回に両チーム1点ずつ奪い合い、TFUは加藤が奮闘、硬友は継投で目線を散らし、スコアボードに0が並ぶ。しかし、七回にTFUが勝ち越し、加藤の完投勝利で優勝をもぎ取った。
※表彰選手は未掌握。
 さて感想ですか。その前に…リアルタイムで書けなかったのは「SNSに書く影響」が頭にこびりつきまして。仕事などの事情によって編成が難しかったというのは先に書きましたが、それ以外でも県外に行って試合をすることそのものへの「反響」というのも同じくこびりつき、記事にして書くことで「こんなときに野球か」などと余計な軋轢を生じさせたくなかったので、そこらへんの考慮で腕が鈍ってしまいました。
 秋田はクラブカップも大変でしたが都市対抗も県予選開催前に2チーム、さらに予選最終日に2チームが棄権。青森県弘前アレッズが都市対抗県予選で優勝したもののコロナ感染の第2期拡大機にあたってしまい、東北予選出場を県全チームが断念せざるを得なかったなど、コロナ感染に振り回された一年の象徴がこの大会だったと思います。
 その中で久しぶりに東北の舞台に立った一関BBC、天童エンジェルス、小峰クラブ、県予選経ての東北出場は初めての前沢などがひとつの経験を積んだクラブカップ大会。基本的にはクラブ選手権の敗退チームによって行われるもので、東北クラブチームの底上げを目指して行われる性格をもっています。進出チームがそれを体現したものであり、それを勝ち抜いたTFU、決勝に進出した福島硬友クは東北トップクラスを追いかける一つの地盤を作ったものと思われます。
 2021年にどういうふうな試合が行われるか、1月10日時点では何とも言えませんが、その意欲を継続できるような状況になっていればと願うものです。4ヶ月遅くなりましたが、クラブカップ東北大会に参加された皆さま、お疲れさまでございました。

新春特集・1953〜78年社会人野球参加チーム一覧表。

※2021年2月7日 岩手部分修正しました。(一戸桜陵が抜けていました。申しわけございませんでした。)

 2021年も始まりました。おつきあいよろしくお願いします。

 2020年分の書き残しもありますが今少しずつ記述を進めています。その間に、というのも難ですが1953から1978年の間に存在した社会人野球チーム一覧表を下記に記します。

 調査方法:53〜67年は毎日新聞日本社会人野球協会(現日本野球連盟)報に記載された試合で出場チームをチェック。68〜78年は協会報に記載されたチーム動態一覧表より。51〜73年開催の“サンベツ”産業別大会参加を主目的にしたチームや都市対抗未出場のチームについては追いきれませんでした。

 

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 このあと1979〜2003年の部分制作を企図してまして、チェックする表はつくりましたが、現在は別テーマを追っているので手が回りません。2020年分の記事は「東北クラブカップ」「岩手県知事旗」「年度まとめ」の3つ残しているので前者2つ→後者ひとつの順でアップに持っていけるよう現在調整中です。

 実際の行動には制限かかりそうですが、野球そのもの・岩手野球そのものに対する熱量を切らすことはありません。あらためて2021年もよろしくお願いします。

2020年12月31日に。存在を失わずに歩き続けます。

 年末わたくたしながら、とりあえず必要なことはして落ち着いたところです。少なくない野球の記事は年明けに持ち越しになりました。申し訳ありません。

 今年はただでさえ東京五輪の影響を受けたところにコビッド19・新型コロナの影響も重なり、例年とは大幅に「模様」の変わったシーズンになりました。無観客になった大会も多く、主要大会も都市対抗野球を除いては中止を余儀なくされるなど試合の場が失われ、またあったとしても遠征による観戦の危険性を考慮しての辞退も相次ぎました。

 私自身はコロナによる影響を受けづらい位置にいたため直接のそれはありませんでしたが、それ以外の箇所で基礎疾患発症、精神疾患の悪化、そして母の死と重なり、去年末から持ってしまった人間不振もプラスされてどの部分に置いても人の中に居るのが辛くなってしまいました。「どうしても」の行事・試合では必死に調整して場に現れましたが、それで精一杯でした。自分に任されている最低限をクリアするだけで。

 それでも自分はまだいなくなるわけにいかないし、居る以上は何らかの役割は果たしたい、更に言えば「(『別方面』の主題になりますが)存在を嫌がる方々の望みを叶えたくない」という一念で必死に存在を維持し続けました。正直、これが精一杯です。来年はなんとか野球場に行ける状態をつくれるように努めます。

 様々な「作り残し」は来年早くにします。みなさま、2021年もおつきあいよろしくお願いします。

                  伊東  勉

仕事追加入りました。定形記事は「大まとめ」のみになります。

 私の仕事は「後方支援」的なものが多く、突如で入る仕事が多くあります。それが入ったもので準備の必要な記事はつくれません。2020年大会で書き残した「東北クラブカップ」「岩手県知事旗」は年明けの制作になります。ご了承ください。

今後の記事製作予定(案)

 12月も18日。あと10日であれもこれもは無理なので各々にまとめ的な記事製作を行います。

 当項では「社会人野球のまとめ」「伊東自身のまとめ」で記す予定です。まだ準備にもかかっていないのでいつ出すと確約できませんが、記事が現れたら見てやってください。

何とか45歳を迎えました。

 10年前を考えるとよくここまでたどりついたものです。44歳時は母がなくなり、この他にもコロナ禍で行動に制限課された一年でもありました。

 8歳の4月から野球をはじめ、学校野球を経て社会人野球に関わって26年になります。ひとつならず二つも基礎疾患をもってしまい、活動に支障を来す状態になりました。今後どのように関わるかは回りと相談しながら決めますが、社会人野球、ひいては故郷の野球から視線を切らさず見届けていく所存です。

 また、本格的にはじめて3年目に突入する「社会人野球歴史探索」、最初は「青森のを〜」から始めたのがいつの間にかそこからはるかに広い範囲の調査を進めることとなりました。いつ何が起きてもおかしくない私ですが、今やっていることは何とか完遂する、で頑張ることにします。

 おつきあいいただきありがとうございます。45歳期もよろしくお願いします。

健康管理・久保寺雄二さんの夭逝から肝に命じていること【3媒体共通】

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《1》コビッド19・コロナについて頭から外れない日もなく、一方で惨事便乗でろくでもねえことかたりする輩もいて。トリアージの議論を「貴族の遊び」感覚で語り、ジャマなものを排除すりゃそれでいい、という考えには冷たい視線しかくれてやるものはありません。
 ナチュラルに隔離生活をしている私、デジタル利用の野球資料整理も本格的に。特に凝ったアプリは使っていませんが、Windows10の機能もつかみ、1日15〜20ページ整頓が進んでいます。きょうはプロ野球に在籍した二人の久保寺姓選手(静岡商から1977〜84年ホークスの雄二選手と逗子開成→横須賀魚市場から1950年東急フライヤーズの昭投手)の資料をまとめ完了。昭投手については文章化途中なので完成をお待ちいただくとして、今回は雄二選手関連で。
《2》雄二選手は1985年、静岡帰省中に26歳で夭逝します。守備位置は…野球ゲーム風に書けば「主位置サード、サブポジセカンド、ショート、外野」ですか。常時出場選手ではありましたが守備位置はかなり変動し、ベテラン選手の引退で空いたサードに落ち着いてむこう10年大丈夫かと思われた矢先の夭逝。雄二選手の訃報を伝えた新聞の中で、「これは今現在こそ気を付けないとわんない」と思った一文があったので、該当文を下記の通り引用します。
===(以下引用の記述)===
 スポーツニッポンスポニチ)1985年1月5日1面より。
 『風邪は万病の元といわれるように油断できない。軽い気持ちでいると、とんでもない事態を引き起こす。年末から年始にかけてややもすると暴飲暴食に陥りやすい。特に若い人はどうしても若さを過信してしまう。そのために疲れが蓄積されて、眠時時間も短くなる。そのうえ我々日本人は特に寒さに対する心感が鈍い。
 その結果はどうなるかというと、抵抗力がウイルスに対して弱まっているから、風邪ひき起こしてしまう。「とにかく風邪をひいたら体を休めることです」(東海大医学部内科教授・岩村健一郎さん―当時―)風邪をこじらせたり死へ、というケースはよく知られている。それと体が弱まっているところへ、無理をして厚着もしないで外出したりすると、心臓が狙われる。冷たい外気で、体の表面の血管が縮まる。そうすると血液が一気に心臓へ集中してくる。一定のテンポで動いている心臓は、ここで集中してきた血液を処理するために、動きの切り替えをしなければならない。当然、心臓の負担が大きくなる。それによって「心臓が止まったり、発作が起きる」(岩村)。狭心症や心筋こうそくなどを起こしてしまうのだ。
 運動で鍛えているから心臓は強いという見方は常識的だが、必ずしもそうではない。運動をしている時に強くても、平静時や体調をくずしたり、無理をしたら健全な動きをするかどうかはわからないからだ。過信は禁物だ。』
===(以上引用終了)===
《3》雄二選手はレギュラーとしてありつづけるために相当体を痛めつけていた、という話も聞きます。スポーツ選手だから「強い」と過信/我慢してわんない、というのを思わされます(サッカーの松田直樹さんの件でも思いました)。また、人間が冬にどう傷みやすくなるか、記事は35年前のものでありますが、ここから自分守るため何したらいいか、考えていただければ幸いです。
《4》私は11年前に心筋梗塞起こしていますが、幸い変調を変調と見て、無理な我慢をせず(できず)手術に到りましたが、外科的な痛みにも似てますからそうだと思って…というのもあるのでは、と考えています。コビッド19・コロナ抜きにしても変調起きやすい季節です。皆様お気をつけてお過ごしください。
 長文おつきあいいただきありがとうございました。
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