2018年晩秋から社会人野球の調べものを続け、今年で6年目になります。企業チームもあり盛んな地域は事務局体制も整っていて、都道府県単位/チーム単位の記念誌が出されたりもしていますが、その体制が薄い箇所は行われる試合を行うので精一杯で、後進に記録を残す作業まで手が回らない状態です。それでも「実際に試合して残した足跡はあるでしょ。それをなかったことにはしたくない」という思いで北から青森、山形、福島、山梨、福井、奈良、鳥取、島根、佐賀、宮崎、沖縄の11県の記録を集めてきました。
現状、まとめて形にしたのは宮崎、奈良、福井の3県で、余計な用事が増えて次にまとめようと思っていた島根の作業を行いあぐねている状況ですが、いずれは完遂にまで持っていきたい。そして、完遂に持っていった“次”と考えているのが戦前“外地”と言われていた「朝鮮」「台湾」「満州」の3地域。
満州は「大連実業対満州倶楽部」対抗戦、朝鮮は京城地区の総当たり戦→優勝チーム中心にした全京城形成が話になることはあるものの、全体的にどう野球熱が伝わっていったのかをまんべんなく伝える資料は多くありません。
近年、そのとっかかりになればと川西玲子氏「戦前外地の高校野球―台湾・朝鮮・満洲に花開いた球児たちの夢(彩流社)」を入手、購読。この作品を作るにあたって川西氏は西脇良朋氏の自費出版「台湾/朝鮮/満洲・関東州・華北中等学校野球史」を基にし、世相もくみ、社会人野球の記述も入っていたまさに労作。西脇氏や「朝鮮野球史」大島勝太郎氏、「台湾野球史」湯川充雄氏と、有志による自己製作・出版活動が歴史を掘り起こすことにもつながった様子も見ました。
私がこの先達・先輩と同等などとは言えませんが、せめて「足跡」を残せるよう、過日のような体調を損ねるような真似はせず存在を保てるように努めます。