12月15日。
無事48歳を迎えることができました。
① ここ2、3年、人間のぐちゃぐちゃとした感情の中で、それまでの自分を貫き通すことの困難さを突きつけられ、自分の身を守るために自閉的な性格を強めた結果、その反動として心身ともにゆるくない状態に陥り、ともすれば粉々に砕け散ってしまいかねない部分を、なんとか土俵際で踏ん張り、自身が落ちずにまだこの世に存在することができています。
② 社会活動では今の権力強者の横暴な立ち振る舞いに対して「黙っていられない」という運動が実を結ぶ場面も少なからずあったり、社会人野球ではここ4年間苦戦を強いられていた活動チームでは困難な状態から必死に勝ち星をつかみ、久しぶりに全国大会につながる東北大会進出するなど、「諦めなければどうにかなる」という思いもまた経験した47歳期でした。
③ 度々自分が「他の同年代に比べて遅れている」話をして来ました。小学校の時の学年文集を見ると、他の同級生よりものの書き方や感じ方というのが遅れている、と感じてもいましたが大人になってからはさらに差が広がっている感覚に。
「ついていくのがかろうじて」という人間が、ついていく先の社会が加速的に発展していくと、それについていくのは大変です。
それでもその社会の中で生きようと思ったら、「覚える理由」を認識し、納得ずくであたっていく―それを思い起こせる程度の気力は私にも残っていたようです。
④ ここ数年の人生のなかで「打ち砕かれた破片をかき集めて再起する」と思い続けてきました。歳を重ねるにつれて可能性が消えていくというのも「その通り」かも。
ただ。
私は母が図太く見せてくれた「最後まで生き抜く」というのをとことん追求して、自分の関わる社会活動・社会人野球で発揮して一所懸命に生き抜く…堅苦しくはこのように書きましたが、一方で、自分の中で楽しいなと思う部分も書いていきます。こういう面倒くささを持つ人間ですけが、お付き合いいただければ幸いです。お読みいただきありがとうございました。