MBC野球発信局-袖番号96 伊東勉のページ。

17年9月から移籍。こちらでは社会人野球など野球中心の記述をします。

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CK84 赤崎クの都市対抗…その足跡。ついでに私のも。

 今晩は。伊東です。
 この記事では赤崎野球クラブが6月上旬に行われた都市対抗野球岩手予選で、どうたたかったかを記させていただきます。どの試合をとっても胸がわき、踊るものでした。
 ただ、私自身で言えば、自分の体に気を使わなかったこともたたり、大会の途中で戦線離脱。この大会を選手達とともに最後までたたかい抜く事ができなかった事が残念な事でした。
 では、大会を振り返ってみましょう。


◆一回戦 対釜石野球団
大船渡市・赤崎野球ク 1000336 13
釜石市・釜石野球団  0100000 1
本塁打 村上耕(大・満塁)
三塁打 村上耕(大)
二塁打 平野(大)菊池昭(釜)

【大船渡市】5新沼 4村上耕 8佐藤琢 2村上修 6多田 3出羽 7金野豊 9伊東崇 D平野 1佐々木慶 (途中交代)山本淳(佐々木慶・3回途中から1)生形(出羽・6回から3)佐々木雄(伊東崇・7回代打)山口(佐々木雄・7回に9)

釜石市】6三浦 9久保雄 5佐藤 D佐々木健介 8菊池昭 3高堰 7佐々木健志 4古舘 2合澤 1大瀧 (途中交代)大瀬(大瀧・7回から1)柏(古舘・7回代打)久保慶(合澤・7回代打)
 大会初日。小雨が降る中、釜石野球団との試合が行われました。
 初回の時点では、わたしはチケット係をしていたので様子が分かりませんが、佐藤琢哉君がタイムりーを放ち、1点先制。しかし、釜石も2回に菊地選手の二塁打から進塁打、フィルダースチョイスで1点を返されてしまいます。

 しかも3回に三浦選手の投手ライナーがこの日先発の佐々木慶喜君の顔面を強襲。慶喜君はそのまま病院に直行という事態になりました。山本淳一君が緊急登板。山本君は危なげない投球で釜石打線を抑えますが、赤崎もルーキーの大瀧投手から点を奪えないまま5回を迎えました。

 5回。先頭の伊東崇文君が死球で出ると、平野君がすかさず送りバント。圭史郎君がタイムりーを放ち、ようやく追加点を取ると、先にフィルダースチョイスをしてしまった耕君がお返しの右中間の三塁打。さらに琢哉君も1点をたたき出し、ようやくリードを奪います。
 こうなると赤崎は激しくたたみかけ、6回には平野君の右中間二塁打と耕君の適時打で3点奪い大瀧投手をKO。7回には代わった大瀬投手から平野君、圭史郎君の適時打の後で、耕君が満塁の本塁打をレフトスタンドへぶっ放し、大量6点。13-1という大差で釜石を破りました。

◆二回戦 対盛友クラブ
大船渡市・赤崎野球ク 0001000023 6
盛岡市・盛友クラブ  3000000000 3
二塁打 今松、齋藤(盛)

【大船渡市】5新沼 4村上耕 7→7回から9佐藤琢 3出羽 6多田 9伊東崇 2金野豊 8山本武 D平野 1古内 (途中交代)山本淳(古内・3回途中から1)生形(出羽・6回代走→3)佐々木宏(伊東崇・7回から7)

盛岡市】8伊藤 4瀬川 6今松 3松本 5川村→9回途中に9 1→9回途中に9齋藤 9→9回途中に1藤原寛 7笹田 2小泉 (途中交代)横山(小泉・7回代打→2)佐々木健(齋藤・9回途中に9)田端(佐々木健・9回途中に5)兼平(藤原寛・9回代打)川村幾(兼平・10回に1)坂本(川村幾・10回途中から1)

 2日後、準々決勝進出をかけてたたかわれた一戦は、盛友クラブの強烈な先制パンチで始まりました。今年2度目の先発の古内君が落ち着かず、伊藤選手の四球から瀬川選手の送りバントがヒットになり、ランナー一、三塁とした後今松選手がレフト線に二塁打を放ち先制。松本選手も安打で続いた後、この日DHを取らず打席に立つ齋藤投手がライト線にポテンと落ちる二塁打を放ち、一気に3点をあげました。

 古内君は2回こそ3人で切るものの、3回にストレートで四球を出した所で、山本淳一君にスイッチ。古内君云々というよりは、試合の流れがいやな雰囲気になっていた事でのリリーフ。試合の流れが変わるかと思われたのが4回。ワンアウトから出羽君、多田君、崇文君、豊君と4人連続の四死球で1点を返し、これからだと思われましたが、続く山本武君がうまく右打ちしたものの4-6-3のダブルプレーであっという間に潰されてしまいました。

 その後、淳一君も盛友ク打線を抑えますが、齋藤投手も赤崎打線に“キッカケ”すら与えてくれません。後で分かった事ですが、齋藤投手はこの日高熱をおして投げていたとのこと。すざましい精神力をもったものです。試合はそのまま9回に。正直、負けも覚悟しました。
 9回。とうとう齋藤投手に限界が来たのか、生形君、多田君に四球を与えた後、宏也さんにセンター前適時打を食らい、マウンドを降りざるを得なくなりました。赤崎は、代わった藤原投手から豊君が一、二塁間を破りとうとう同点に追いつきました。
 この回では勝ち越しに至りませんでしたが、10回にリリーフした川村幾見投手から四死球でランナーを2人ためると、生形君がレフト前にタイムりーを放ち勝ち越し。さらに多田君、宏也さんが連続でタイムりーを放ち6-3と、これまでの憂さを晴らすかのような連打を見せリードを奪うと、その裏を淳一君が3人でピシャリとしめ、9分追い込まれた状態から試合を制しました。

 そして、大会後半戦です。
 前述した通り、この大会前に心筋梗塞を起こし入院。この後のたたかいには参戦する事ができませんでした。各試合の出場選手は後程正確なデータがそろい次第直させていただきます。

◆準々決勝
奥州市・オール江刺  0200000000000000 2
大船渡市・赤崎野球ク 2000000000000000 2

◆準々決勝・再試合
奥州市・オール江刺 000002100 3
大船渡市・赤崎野球ク000000100 1

 入院中、お見舞いに来ていただいた方から試合の様子を聞きました。
 赤崎は初回に出羽君の適時打などで2点を先制。しかし江刺も次の回にすぐ追いつきます。赤崎先発の慶喜君は、先日の投手ライナーの影響もみせず、2回に2点こそ奪われましたが、5回まで好投を見せ、6回に淳一君へつなぎます。
 江刺も大体同じタイミングで中鉢投手から岩泉投手へリレー。赤崎はチャンスは幾度となく作りましたが、得点をあげるまでには至らず、淳一君も江刺に得点を許しませんでしたが、とうとう延長16回、3時間近くたたかっても決着がつかず、引き分け・再試合となりました。

 赤崎はこの試合、5月のクラブ予選と同様に、軟式企業チームとの試合が重なり、二遊間・キーストンコンビの2人と主戦野手を欠きましたが、代わって入った(と言うより、もともと守っていた)二塁の平野君、ショートの生形君も奮闘しました。

 翌日は主要メンバーは勢揃いし、仕切り直しの一戦となりました。
 慶喜君、中鉢君の投げ合いは5回まで0-0。しかし6回、赤崎が投手を山本淳一君に代えた“代わりっ端”を叩かれ、7回までに0-3とリードされてしまいます。
 7回に多田君の二塁打をきっかけに1点を返した赤崎でしたが、この試合では6回までに好機をつくる事もできずにスコア以上の“完敗”を喫した、という事です。

 後半戦は入院していたので、応援も手伝いも何もありませんでしたが、前半戦はいつも通り手伝いと…今大会は応援をしてみました。
 2007年に赤べこ軍団のチアリーダーを見て、あるいは駒形の応援を見て「応援合戦してえ」という思いが強くなり、08年の都市対抗で実行しようと思ったものの段取りに失敗。同じ年のクラブ選手権、クラブカップと一応の形を整えての応援を実行して来ました。選手達にとっても都市対抗は一年に一度の大舞台ですが、応援する側にとっても都市対抗は大舞台なのです。

 なのでしっかりした形でしたかったのですが、緒戦の釜石戦からずっこけてしまう事に。クラブ選手権で使った前沢の球場では何とか通用したスピーカーですが、この球場では通じませんでした。電池も切れかけていたのか音声が安定せず、音程がずれて応援にも支障が出る事態にもなったため、雨が降っていたこともあり、応援を中断せざるを得なくなりました。やはり、家庭用テレビスピーカーでは限界があったようでして…。このままでは終わりたくない、と大船渡に帰った直後にスーパーメガホンを借りる交渉に行きました。

 で、2日後。
 5月の試合の反省を生かし、10分テープを生かし6曲に編成。さらに元携帯電話に入っていた音楽も使っての応援をさせていただきました。元携帯電話は去年の9月に落とした時に故障。何とか使える状態にはなったものの、電池の寿命が短くなってしまいました。
 この日使ったのは元携帯電話から「ランナー」「Feel My Heart」「タッチ」。テープに整備した曲で「KEIOマーチ」と、もう一つは…高校野球でよく使われている曲ですが、題名が分かりません。ま、この5曲を駆使して応援を続けました。

 正直、試合の状況が劣勢だったもので、心の中ではネガティブな気持ちにもなったりしていましたが、それはきれいさっぱと片付けておいて、とにかく選手達と、勝つ事を信じて応援を続けていました。もっとはっきり言えば「バカになって」。
 すごいネガティブな状況にいながらも、必死でこらえ、9、10回に一気の攻撃で大逆転。 マンガ「ハーレムビート」の小泉智美ではありませんが「信じていれば願いはかなう」ってやつですか。あきらめない気持ち持って応援し続けたかいがありました。選手の皆さんにはひたすら感謝です。

 結局、わたし自身の第80回都市対抗はこの試合で終わりました。
 赤崎クも、一連の敗退から「今までのやり方を見直さなきゃ」という事で、新しい取り組みも始めているとの事です。わたし自身も、赤崎クラブも、この間起きた事から一から行動見直すことになり、再スタートを切った形になりました。

 フェズントがチームとしての形ができあがりつつあり、JRも急成長。駒形も一定の地力を持ち続け、江刺や高田といったチームも新鮮力がチームを強くしつつある状況。選手の代替わりも進みつつある中で、これらライバルチームを追いかける赤崎クラブの頑張りに期待します。

 今から思えば、ですがクラブ大会の久慈戦や、盛友戦でも“違和感”というのを抱えながらの応援でした。例えて言えば…4気筒のエンジンが2気筒ぐらいしか働いていない、という感じの感覚ですか。もっとフルに出せるはずだけど、そこまで行くのにゆるくない状況でしたね。
 幸い、この世に生きながらえる事もできましたので、来年の都市対抗こそしっかりした応援ができるように今から体調も、環境も整備します。でないと、今度こそ「The End」ですから。

 さまざま感じたこの2009都市対抗
 本大会はこれから始まります。
 だけども、岩手の人間にとってはもう終わったこと(日本製紙石巻の前田選手ほか何人か岩手出身選手はいますが)。来年の「第81回大会」に納得行くたたかいができるように皆さん、ファイトです。
 
 るる生意気か貸せていたただいた所で、今日の記事づくり終わらせていただきます。
 拙文お読みいただきましてありがとうございました。


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