記事制作能力が昨年から低下している旨は以前お伝えした通りですが、なかなか改善に至らず申し訳ありません。社会人野球の記事制作は、先日の応援活動日誌に続き、今回は5月31日に黒石市営球場で行われた「クラブ野球選手権青森県予選」について記します。第一試合の序盤の展開は一球速報のデータを基に、それ以外は直接見ての当日の観戦記としてお話しします。

◎5月31日:クラブ野球選手権
青森県予選(リーグ戦)
▽第一試合:弘前アレッズ 15対0 全弘前倶楽部
弘前アレッズの先発投手が持ち前の速球をフルに活かし、7イニング21アウトのうち19個の三振を奪う圧巻の好投を披露した。攻撃陣も的確なバットコントロールで着実に加点。全弘前倶楽部は初回に満塁のチャンスを作り、三回にも2安打で得点圏に走者を進めたが、あと一本が出ず。以降はアレッズの底力に押し切られる形となった。
▽第二試合:全弘前倶楽部 16対3 キングブリザード
初戦で苦しんだ全弘前打線が奮起。初回に打者一巡の攻撃で4点を奪うと以降も攻勢を緩めず、八回にも打者一巡の猛攻で8得点を挙げ試合を決定づけた。キングブリザードは初回に2アウトから3安打で1点を先制し、七回にも四番打者の適時打などで2点を返したが、全弘前の集中打の前に力尽きた。
▽第三試合:弘前アレッズ 33対1 キングブリザード
キングブリザードは初回に満塁の絶好機を作ったがこれを活かせず。その裏、弘前アレッズが火を吹き、5連続長打を含む猛攻で8点を奪うと、二回にも11点を加えるなど、毎回のように猛攻を展開した。キングブリザードは三回まで毎回2人以上の走者を出すなど反撃を伺ったが、守備の疲弊も重なりアレッズの猛攻を止められず、最後は2WAYプレイヤー・山口の本塁打が飛び出し、(伊東認識上)青森県社会人野球の最多得点記録を更新する大勝となりました。
【特集】直に触れた「青森県の社会人野球」
① 野球場廻り、そして「距離感近い」黒石に。
試合の戦況は前述の通りです。本来であれば私も自身の試合があるはずでしたが、残念ながら前日30日で予選敗退。急遽予定を切り替えて黒石市へ向かいました。長年記録をまとめていながら、実際の青森県内での社会人野球の試合を観戦した経験がなかったため、この機会に足を運んだ次第です。あわせて、以前から関心のあった青森県の野球史跡巡りも行程に組み込みました。
八戸で朝4時に起床しブログを更新。朝6時に青森へ着き、約1時間半かけて青森市営球場、佃球場跡地、沖館球場跡地を回り、9時25分に黒石市営球場へ到着。第1試合開始(8時30分)には間に合いませんでしたが、序盤の3イニング終了後から観戦しました。
私がこれまで調べてきた歴史の中で、黒石市営球場で社会人野球の公式戦が行われたという記録は見当たりません。高校野球では開催実績があるものの、社会人野球においては弘前(弘前市営“弘前城”・運動公園はるか夢・岩木山)、青森(市営・県営)、八戸(長根・東球場)、さらには六戸、南郷、浪岡、大鰐といった各会場、あるいは自衛隊グラウンド、三菱製紙八戸グラウンド、日専連グラウンドなど様々な場所で試合が行われてきましたが、この球場での開催は約100年の歴史の中で初めての試みだったのではないかと思われます。
実際に球場に入ってみると、バックネット裏は撮影環境が厳しかったため、両サイドの内野席へ移動して観戦しました。ファウルグラウンドの広さはさておき、グラウンドとの距離感は非常に近く、内野の切れ目付近からは防球ネット越しではなく、生に近い視線で観戦できます。ファウルグラウンドへ飛球を追いかけてくる選手が近づくと、まるで映画のスクリーンのような迫力がありました。野球場の規格や安全性の面から様々防御がなされるようになりましたが、これほどプレーを間近に感じられる球場は最近では貴重です。

② 第一試合 怪腕・小田島のスピードボール
第一試合で登板していた弘前アレッズ・小田島優投手のストレートには目を引くものがありました。これまで各方面のレポートで資質の高さは耳にしていましたが、納得の投球でした。私が球場に到着してからの12アウト中11アウトを三振で奪うという凄まじさ。後で「一球速報」を確認すると、7イニング21アウト中19奪三振という記録でした。2015年の東北クラブカップで釜石野球団・後藤投手の「24アウト中22奪三振」も見てきましたが、後藤投手が技巧派として相手の弱点を突くスタイルだったのに対し、小田島投手の直球で打者をねじ伏せるスタイルは圧巻でした。対する全弘前倶楽部、時にはアレッズに迫る戦いを見せる時もあるチーム。この日の試合では不用意な失点を防ぎたかったところですが、守備のミスや、犠牲フライを回避しようとした落球があだとなって満塁本塁打を浴びるなど、失点を重ねてしまいました。

③ 対戦歴のある全弘前、キングブリザードについて。
第二試合は、第一試合で敗れた「全弘前倶楽部」と、この試合が初戦となる「キングブリザード」の対戦です。全弘前は現在の形態で活動を始めてから47年(1978年〜)という歴史あるチーム※。対するキングブリザードは2000年に加盟し、途中大手スポンサーがついた時期もありましたが、現在は津軽地方の野球人が集う場所として活動を継続しています。
※1972年から1977年まで活動した「きものセンタークラブ」メンバーと弘前市野球人の総意で結成
私の関与する赤崎野球クラブも、東北クラスの大会で両チームと度々対戦してきました。2003年のクラブ野球選手権本大会に出場した際は、羽柴ファイターズ(約2年“羽柴秀吉”氏のスポンサードを受けていました)と共に戦い、2012年東日本クラブカップ東北予選では延長戦にもつれ込む激闘を繰り広げました。全弘前とも2008年のクラブ選手権東北予選一回戦で対戦し、終盤突き放しましたが粘り強さに苦しめられた思い出があります。

今回、キングブリザードの先発投手に、その時に赤崎を苦しめた千葉篤志さんの名前を見つけた時は驚きました。長い年月を経て、今はキングブリザードの一員としてマウンドに立っている。長い野球人生の中で巡り合った一幕に、感慨深いものがありました。試合の方は、初戦の雪辱を期す全弘前が序盤から猛攻を仕掛け、キングブリザードを圧倒する展開となりました。キングブリザードも反撃の糸口を探りましたが、中盤に好投していたリリーフ投手が負傷降板したことで試合の流れが傾き、全弘前の更なる猛攻を許す形となってしまいました。
両チームとも、近年は東北クラブカップや東北連盟会長大会に派遣され上位大会を経験しており、県内のみならず東北の舞台でも存在感を示そうという気概を感じます。全弘前は2023年にクラブ選手権東北予選も経験しており、同じ弘前市内のライバル「弘前アレッズ」をいつか倒すという目標のもと、今年も新人を加えて強化を図っている模様です。その全弘前がこの試合で1勝を挙げ、この日の日程を終えました。
④ 「青森社会人野球の象徴」が決めた「最多得点」。
続く第3試合ですが、私自身がガス欠を起こしてしまい、水分補給のために近隣の店を回り休憩をとりました。しかし30分ほどのインターバルでは余裕がなく、球場に戻った時にはキングブリザードの初回の攻勢を見逃してしまいました。
球場に戻り、守備についたキングブリザードのベンチを見ると、控え選手は非常時待機/ベンチワークメンバーとして行動しているものと思われる千葉さんと、第2試合で負傷した選手の計2名のみ。つまりグラウンド上の9名でこの試合を乗り切らねばならないという、極限の状況を見て取れました。

しかし、そんなキングブリザードを相手にしても、弘前アレッズに手加減という選択肢はありません。昨年、あと一歩で全国大会出場を逃しているアレッズにとって、 一つ一つの公式戦が貴重なものであり気を抜いてられないという心持ちが働いていたのでしょう。一回裏に8点、二回裏に11点という猛攻。アレッズとしても勝負に徹する以上こうせざるを得ないのですが、キングブリザードがギリギリの状況で戦っていることを思うと、胸が締め付けられる思いで試合を見続けていました。
2010年代の自分であれば、彼らの友情応援を申し出ていたかもしれません。しかし、歳を重ねて腰が重くなった今の自分には、その想いを行動に移すこともできず、ただグラウンドで奮闘する選手たちを見届けることしかできませんでした。
試合は五回終了時点で1対27。キングブリザードは二回、工藤昌登監督の安打から、工藤優斗選手の長打で意地の1点を返しました。この両者は奇しくも同音異字(くどう・まさと)だったため、場内アナウンスでは常に背番号(昌登監督が背番号6、優斗選手が背番号10)を添えてコールされていました。
私は50年生きてきて様々な試合を見てきましたが、青森県での大量失点試合といえば、1998年の深浦高校対東奥義塾高校(122対0)という試合が真っ先に思い浮かびます。また、私自身の経験では1996年の岩手県知事旗大会、久慈クラブ対岩手東芝戦(37対4、1イニング28得点含む)が記憶に深く残っています。後者の方は直接目撃しましたが、岩手東芝の選手たちが言葉を失っていた姿が忘れられません。
それに比べれば、キングブリザードのベンチから声が切れることは一度もありませんでした。私自身、かつて弱小と呼ばれた大船渡農業高校野球部での経験があり、大差をつけられた際の心境は幾度も味わってきました。だからこそ、一つひとつのプレーに対して心が折れていない彼らを見ていると、余計に「頑張れ」と強く願わずにはいられませんでした。
アレッズの容赦ない猛攻は前述の通りですが、32、33点目を叩き出したのは、長年弘前アレッズを支えてきた2wayプレイヤー・山口真太朗さんの本塁打でした。私が以前、「東北社会人野球界で一番大谷翔平に近い男」と表現した山口さんの打棒で青森社会人野球の新記録が達成されるというのは、野球の巡り合わせの妙を感じさせられました。

キングブリザードは、二回途中に4番手として登板した工藤優斗さんが試合を保たせましたが、結果は悔しい敗戦。これにより弘前アレッズの青森県大会優勝が決まりました。
青森県社会人野球 多数得点記録(伊東手元資料より)
14年07月06日CC県予選 アレッズ 31対0 オール青森
06年08月26日 日選県予 三菱八戸 28対13 オール青森
35年06月 日 都市県予 青森林友 27対4 七戸協会
99年06月19日 ク選県予 全弘前倶 25対3 青森BC
95年06月04日 都市県予 三菱八戸 25対0 オール青森
⑤ グラウンド上にあった確かな熱量を見届けて。
私は2018年の冬から全国11県の社会人野球歴史を辿ってきましたが、その調査を始めるきっかけとなったのが青森県社会人野球です。かつて青森は青森林友が一時代を築きながらも活動チームが激減し、林友が孤軍奮闘の末に力尽きたのが1965年のことでした。その後、三菱製紙八戸が八戸市水道局を伴って復活した1971年以降、数多くのチームが青森の野球を盛り上げようと奮闘してきました。
桜咲く弘前城下での春季大会に始まり、都市対抗、クラブ野球選手権予選、かつては企業チーム以外も参加できた日本選手権、そして青森市長杯大会でシーズンを終える……それがかつての大まかな流れでした。
しかし、長年活動してきたチームが次々と歩みを止めていきました。八甲クラブ→青森BBCの休止、吉幾三さんが関与したブルースヨシフォレストの短期間での活動終了。そして2017年にはオール青森クラブが、2023年には三菱製紙八戸と自衛隊青森がその歩みを止めました。現在、青森の社会人野球を支えているのは、今回観戦した3チーム(弘前アレッズ、全弘前倶楽部、キングブリザード)のみとなっています。
もう一つは個人的な話。6年前に母が他界した際、私のルーツが青森にあると知らされました。10人いた母のきょうだいの中で、母だけが父─私から見て祖父─が別(病気による離別・夭逝)という事情を抱えていました。祖母も母も叔母も旅立ってしまった今、詳しい経緯を知る術はありません。しかし、自分が青森にルーツを持つ人間であるという事実は、私がこの歴史調査を続け、青森の社会人野球に注目し続ける大きな動力となっています。
新聞資料をまとめるだけでなく、一度は現場に立ってみたいと思いながら長年果たせていませんでしたが、非常に悔しい形ではありつつも、日程が開いたことで今回ついに実現できました。現地で応対してくださった皆様の温かい対応に、心から感謝申し上げます。

社会人野球は、「自分に頼む」…分かりやすく言えば自分たちの力で継続していく競技です。次々と厳しい現実を突きつけられ、それを維持するのも楽ではありません。それでも、弘前アレッズ、全弘前倶楽部、キングブリザードの皆さんは、懸命に頑張っています。全弘前とキングブリザードのシートノックの際、弘前アレッズの選手たちが手伝いに入り、全弘前ではマネージャーがノッカーを務めている姿も見ました。関わる人々の熱意が、そこには確かに存在しています。
「そこに存在するだけで、もう十分すごいじゃないか」。
そう心から思い、それぞれのチームに関わる皆様にエールを送りたくて、この記事を綴りました。熱いものを見せていただき、ありがとうございました。

ここまで長々と生意気な記述を続けてきました。お付き合いいただきありがとうございました。
2026年6月4日 大船渡市生まれ 伊東 勉
おまけ→2024年までの青森社会人野球歴史を探った記事をリンク張っておきます。
