1️⃣ 都市対抗野球岩手県予選は24日、第3代表決定戦と決勝戦が行われました。第3代表決定戦では釜石野球団が水沢駒形倶を破り、釜石市代表としては38年ぶり、釜石野球団としては創部初の都市対抗東北予選進出を決めました。決勝戦はトヨタ自動車東日本が機先を制した攻撃でJR盛岡を抑え込み、14年連続の優勝を成し遂げました。以下に詳報と雑感を記します。
▽第3代表決定戦:釜石野球団 4対1 水沢駒形倶
逆転機に一気に流れを手繰り寄せた釜石が、水沢駒形の安定した戦いぶりを覆し、創部51年目にして初の都市対抗東北予選進出を決めた。駒形が三回に先制し、その後も塁を賑わして釜石守備陣に圧力をかけたが、釜石は踏ん張り迎えた八回、得点圏にランナーを置くと、この大会当たっている三番打者の適時打で同点。さらにチャンスを拡大し五番打者の内野ゴロの間に三塁ランナーがホームに突っ込んで勝ち越しに成功すると、続く六番打者のタイムリーでさらに突き放しこの回一気に4得点を挙げ逆転。
一回戦で同様の状況から逆転を収めていた駒形だが、釜石守備陣は丁寧なディフェンスで駒形に反撃の機会を作らせなかった。先発した今期移籍入団の選手は、前年別チームで喫した敗戦を覆す完投勝利。駒形攻撃陣はダメ押しの機会を掴めず、好投していた先発エースを援護できなかった。
#社会人野球 #都市対抗野球 #岩手県
— 伊東勉(社会人野球アカ) (@benitoh96bb) 2026年5月24日
▽第三代表決定戦 終了
#釜石野球団 4対1水沢駒形倶#釜石市 代表としては新日鉄釜石以来39年ぶり、釜石野球団としては初の都市対抗東北進出を成し遂げました! pic.twitter.com/rKcFjy0T6o
▽決勝戦:トヨタ自東 6対2 JR盛岡
前年の決勝戦ではトヨタ自動車東日本が圧倒したが、今年も初回トヨタは上位打線が長打攻勢で3点を先制。二回も四球で出たランナーを的確に返して6対0となり、「今年も大差がつくのか」という危機感が。
三回から登板したJR投手がそれを阻止し、JR守備陣も以降粘り強く失点を防ぐと、八回にJR4番打者がレフトスタンドへ本塁打を放ち反撃の狼煙を上げた。しかしトヨタ守備陣がその後のJRの反撃を食い止め、九回裏は若手の主戦左腕投手がピンチを作るものの無得点に抑え、14年連続の優勝を成し遂げた。JR盛岡は序盤の集中失点がなければと思わせる戦いぶりを見せ、一つの到達点を示した。
#社会人野球 #都市対抗野球 #岩手県
— 伊東勉(社会人野球アカ) (@benitoh96bb) 2026年5月24日
▽決勝戦 終了
トヨタ自動車東日本 6対2JR盛岡
トヨタは2013年以来の連覇を成し遂げますが、JR盛岡も取り組み次第では⋯というところを見せた試合でした。
雨の中球場に集まられた皆様 お疲れ様でした。 pic.twitter.com/0OOROAB6oc
2️⃣ 第3代表決定戦の部分は後に回し、まずは決勝戦の両チームについて。
去年あたりから少し、赤崎野球クラブ以外の試合も見ることができるようになりました。強いて理由を言えば、岩手県トップクラスや東北レベルの試合感覚を忘れないようにと思いまして。去年はトヨタがJRを圧倒する試合展開で、今年も危ないかなと思われましたが、リリーフした投手が食い止めましたね。先発投手も同じ好資質の左投手ですが、試合への執念の度合いは一枚違っていたのかな、と。去年よりはやれることが多かったというのがJR盛岡の印象です。
ただ、トヨタ自動車東日本はやはり岩手の中では一枚抜けているというのが感想。どうしてもこのような抜けているチームがあると「他のチームはやられっぱなしなのか」と見られるかもしれません。しかし、対戦する各チームも決してやられっぱなしで終わりたいと思うわけではなく、そういう強いチームだからこそ一生懸命にぶつかり爪痕を刻んでいく。3年前にボロッカスにされたチームの人間としては何とも言えませんが、そういうぶつかり合いがそれぞれのチームや地域のレベルアップにつながるのではないかと思います。
岩手の野球人と言うと、どうしても野球の世界そのものの天井を上げている選手がいるわけですが、それぞれの競技する場所に置いて自分の可能性を高めるという意味では…自己新記録は誰でも更新しに行けるわけですから、そういう気概で野球を続けていければいいのではないかと考えます。
3️⃣ コラム① 釜石市の都市対抗野球
都市対抗野球における釜石市の活躍といえば、何と言っても「新日鉄釜石」。1938年に初めて本大会に出場して以来、18回もの本大会出場を経験しているチームで、1959年の大会では準優勝、1980年大会では3位に入っている押しも押されもせぬ強豪チームでした。1988年に活動を休止するまで「東北の暴れん坊」という異名を取り、当時の東北社会人野球が岩手県を中心に回っていた中で、さらにその中心として強く存在感を示していました。
釜石市には戦後直後から1999年まで活動していた「全釜石→釜石大洋→オール釜石」と系譜が繋がるチームが在籍し、1971年には「釜石エーワン」「釜石交友会」といったチームも加盟しましたが、いずれも活動は短期間で終わりました。
そして1975年に結成された「釜石信金クラブ」が、1979年に門戸開放を目的に「釜石野球団」とチーム名を変更。1988年に新日鉄釜石野球部の活動が終了してからは、地元に残った同部の選手もチームに加わりました。1993年、1994年にはクラブ野球選手権の本大会に出場し、岩手県内でも「金属バット時代とはいえ1番から9番まで本塁打を狙える」強力打線を武器に一定の実力を持っていましたが、2000年代に入ると主力選手の引退などで一度深い低迷に陥ります。
しかし、それでも活動を諦めなかった選手たちの歩みが着実に力へと変わり、2015年には東北クラブカップ大会へ進出。2018年には同大会で準優勝し、北海道・東北交流大会へ進出しました。クラブ野球選手権においても、2002年に一度東北予選に出場して以来のブランクを経て、2024年に東北予選へ復帰。2025年には岩手予選で準優勝し、東北予選でも1勝を挙げるという成果を上げ、力を蓄えてきました。
都市対抗野球においては他チームの壁に突き当たってきましたが、とうとう昨日の試合で水沢駒形倶を破り、東北の舞台へと躍り出ることに。長く近隣のライバルチームとしてその戦いぶりを近くで見てきました。県予選段階での熱い戦いはともかくとして、東北二次予選に進出してくるチームが固定化している中で、そこに一石を投じる「新たな風」としてどう振る舞うのか、注目して見ていきます。
4️⃣ コラム② 水沢駒形の尽力を振り返る
一方で水沢駒形倶楽部は、都市対抗野球において1996年に大荒れとなった予選を勝ち抜き初めて東北大会に出場すると、1997年は県予選優勝。その後も2000年、2004~2006年、2008年、2011年、2012年、2014年、2015年、2018年~2025年と、合計19回も東北の舞台で戦い続けてきました。通算成績は20勝38敗。2020年代に入ってからは12勝を挙げ、2021年には七十七銀行を破り第2代表決定トーナメント準決勝まで勝ち上がりました。東北のクラブチームの中では有数の存在感を見せるチームであり、組織力も素晴らしいものがありますが、県内ライバルとの勝負の中で勝ち続けることは決して簡単なことではありません。今回の釜石戦での敗退はその厳しさを物語っています。
ただ、野球のシーズンはまだ始まったばかり。ここからこの敗戦をどう払拭し、今後どのような立ち振る舞いを見せるか注目していきましょう。
5️⃣ 今日はとてつもなく長い記事となりましたがお付き合いいただきましてありがとうございます。今週末にはクラブ野球選手権の岩手県予選も行われます。久しぶりに重要大会の予選が連続する日程となりますが、皆様万全の態勢で試合に臨みましょう。お付き合いいただきありがとうございました。
