MBC野球発信局-袖番号96 伊東勉のページ。

17年9月から移籍。こちらでは社会人野球など野球中心の記述をします。

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“平成”前・中期の岩手社会人野球の光景① 有力企業チームの陰に隠れた岩手東芝・東北ハーネスの話。

※この記事は8月にXに連続ポストしたものを再構成して書いています。

1️⃣ まずは、1990年代半ばから10年間の岩手社会人野球の流れです。

【岩手社会人野球の光景・1995~2005】

・1988年→新日鐵釜石活動終了

・1995年→岩手銀行活動終了

・2000年前後→アイワ岩手、岩手東芝、東北住電装活動終了

・2003年→太平洋セメントと宮城建設活動終了

・2004年→JAいわて活動終了、企業チームはJR盛岡のみに。

・2006年→フェズント岩手活動開始(2014年まで)、岩手21赤べこ軍団参加(2007年まで)

・2012年→トヨタ自動車東日本活動開始

1️⃣ 1988年の新日鐵釜石、1995年の岩手銀行都市対抗野球本大会進出チームの活動終了はありましたが「まだ~~がある」と思ってた所に2000年代前半の企業チーム活動終了ラッシュ。それでも赤崎や駒形等残ったチームが意気軒昂に振る舞い、赤べこ、フェズントの活動・JR盛岡の強化、トヨタの活動に結びました。この経験があるから「ゆるぐなくても(大変でも)活動を継続することが後につながる」と思っています。それでも言うは易く…でそれは大変なんですよね。故に現場に立つ皆様には敬意を持つものです。

2️⃣ 岩手の企業チームのうち、岩手東芝と東北ハーネス→東北住電装は企業チームではありましたが「強化部」というよりは「職域の同好会」というイメージ。対戦相手が強豪企業かクラブ上位との対戦に限られていて、勝った経験が極端に少なかった印象がありました。東京製綱(1970~90年代に約20年活動)もですが、どういう中身や意識で活動が行われていたかを毎日新聞や各種パンフで十分にくみ取ることができませんでした。できれば足跡をつかみたいですね。

 東北住電装は赤崎野球クラブ“移籍”直後に対戦…と認識していましたが、記録読み直してみると見た試合は「住電装対駒形」でした。98年に2試合観戦。岩手東芝は3~4試合。96年の岩手県知事旗大会で岩手県社会人野球史上1試合(37点)&1イニング最多得点(28点・打者4順)を久慈クラブが記録したときの対戦相手で、この試合を直に見ています。

3️⃣ ここで当初に書いた「やり方があれば」…と思わされて。社会人サッカーがそうですが、段階踏んで行けば存在感ができていけるチームになれたのですが、そこは「当時の枠組みがそうだった」としか言い様ないです。岩手東芝の監督さんには時折「見ていただいてありがとうございます」等とも言葉交わしたことがありました。

 この2チームはどーいう心持ちで続けたのかな、と。お話聞いてみたいですね。今項はひとまずここまでとします。

おまけ4️⃣ 岩手東芝・東北住電装のスケジュール

今のJABA地方大会への参加はなかったようです。岩手県知事旗からスタート、都市対抗は本予選からの参戦。住電装は企業リーグ戦参加してた時期もあったかと思いましたが、参加していたのは東京製綱の誤認識でした。秋の日本選手権県予選、東北連盟会長大会県予選参加で1年終了(当時は岩手アマ王座戦はなし)という形です。

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