あっという間に終わってしまいました、都市対抗。今までは大抵6月に開催されてきたから、まだ寒さが残る5月頭に“メインイベント”になっても「うーん」というのが正直なところです。とはいってもオフシーズンの確保も必要だから日程の工夫も…ですね。
岩手山に雪がまだ残るなか始まった都市対抗野球。過去に応援団として2度、ベンチ入りスコアラーとして1度臨んだ東北大会を目指しての初戦は…何がどうなったのかトヨタ自動車東日本でした。電話で連絡を受けた時は気が遠くなりました。武者震いの一環として。
頑張るのは選手だという前提条件で話すれば、思ったことは「やったろうじゃないの」。
熱い試合して、俺たちが勝つ!と。
が、私本人の部分で言えば調子を整えるのに苦労しました。更に加えて仕事場の仲間が長期出張、応援のテープは不調、ドドメは試合前日の準備開始時にアクシデント(俺本人のではない)の発生で時間をとられ、仕事終わり&準備完了し就寝したのは4時でした。出発は8時。震災後初の都市対抗の試合となる宮古倶楽部の試合を見ておきたかった所でしたが、諦めました。
ギリギリまで眠っていて高速を使って移動。10時あたりには八幡平球場に到着。
ゴールデンウィーク時には会うことができないメンバーがたくさんいたのでまずはしばらく挨拶。試合に向けて気を高めようとしましたが、コールドペースで進んでいた試合が一転して同点に!あいやよ…と思っていたときに気をたたせてくれたのは、続々といらしたトヨタ応援団でした。
試合前、応援団の活動申請に行った際に「トヨタは200人は来る」と。まあ5人以下対100人以上の応援合戦は今まで何度もしてきたからいいのですが、何度経験したってこのシチュエーションは燃えるんですね。TDKや七十七、JR東北や日本製紙石巻と応援合戦やり合った経験と、強敵と戦うシチュエーションが、体調万全でない私をそれでも燃えさせる力になりました。
今度は自分のチームであの舞台に立つ、と。
テープ不調で新たに作り直した音楽とコールを併せたのは移動中。特に「新曲」には戸惑いましたが、目前のライバル前にして四の五の言ってられません。
「戦うメンバーを全力で支える」
強い思いを持ち、今年初戦-19回目のシーズンが始まりました。
(第一部了)
岩手山に雪がまだ残るなか始まった都市対抗野球。過去に応援団として2度、ベンチ入りスコアラーとして1度臨んだ東北大会を目指しての初戦は…何がどうなったのかトヨタ自動車東日本でした。電話で連絡を受けた時は気が遠くなりました。武者震いの一環として。
頑張るのは選手だという前提条件で話すれば、思ったことは「やったろうじゃないの」。
熱い試合して、俺たちが勝つ!と。
が、私本人の部分で言えば調子を整えるのに苦労しました。更に加えて仕事場の仲間が長期出張、応援のテープは不調、ドドメは試合前日の準備開始時にアクシデント(俺本人のではない)の発生で時間をとられ、仕事終わり&準備完了し就寝したのは4時でした。出発は8時。震災後初の都市対抗の試合となる宮古倶楽部の試合を見ておきたかった所でしたが、諦めました。
ギリギリまで眠っていて高速を使って移動。10時あたりには八幡平球場に到着。
ゴールデンウィーク時には会うことができないメンバーがたくさんいたのでまずはしばらく挨拶。試合に向けて気を高めようとしましたが、コールドペースで進んでいた試合が一転して同点に!あいやよ…と思っていたときに気をたたせてくれたのは、続々といらしたトヨタ応援団でした。
試合前、応援団の活動申請に行った際に「トヨタは200人は来る」と。まあ5人以下対100人以上の応援合戦は今まで何度もしてきたからいいのですが、何度経験したってこのシチュエーションは燃えるんですね。TDKや七十七、JR東北や日本製紙石巻と応援合戦やり合った経験と、強敵と戦うシチュエーションが、体調万全でない私をそれでも燃えさせる力になりました。
今度は自分のチームであの舞台に立つ、と。
テープ不調で新たに作り直した音楽とコールを併せたのは移動中。特に「新曲」には戸惑いましたが、目前のライバル前にして四の五の言ってられません。
「戦うメンバーを全力で支える」
強い思いを持ち、今年初戦-19回目のシーズンが始まりました。
(第一部了)