MBC野球発信局-袖番号96 伊東勉のページ。

17年9月から移籍。こちらでは社会人野球など野球中心の記述をします。

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第264号 大農野球部のラストサマー 18年間の思い。(後編)

※前編はこちらからどうぞ。

5.試合終了後。

 一列に並んで応援団に礼をする大農ナイン。
 その姿に涙はなかった。
 やる事はやった、という証明だろう。

 大会前に私は拙稿で以下のように書いた。
 「チームが勝つために、自分がこの日まで培った日々の成果を12分に出し切って、自分の存在価値をグラウンドで示してほしい」
 と。試合に出場した選手達は、みんな“存在価値の証明”をグラウンドに残してくれた。試合時間にして2時間。スコアは2-6.しかし、中身が詰まったものとなった。

 大農野球部最後のエース・最後のキャプテンとなった佐々木幸平君。
 この日、118球を投げ抜き、自責点は1。
 被安打は9、四球2、失策出塁6と17出塁を許したが、コールドには持って行かせなかった。バックも、エラーも出してしまったが、思いきりのいいプレーで失点を防ぐシーンも何度か見せてくれた。
 勝つ事ができなかった以外は、ベストゲームを見せてくれた。
 大農野球部最後のたたかいにふさわしい、ベストゲームを。

 試合が終わっても、私は球場から動く事ができなかった。
 大農野球部にかかわってから18年間の思いが、色々と頭の中を駆け巡っていた。

 二試合連続5回コールド勝利・ベスト32に進んだ1990年。
 私が入学した1991年はただ一人の三年生が奮闘を見せ1勝を果たした。
 勝負強さはピカ一、第二シードに正面からぶつかった1992年。
 そして、0-2で敗れ、忘れられない思い出を作った1993年。

 この悔しさが、何とか「一勝を目指す後輩を助けよう」という思いにつながり、これ以降も関わる事になった。

 分解寸前でこらえ、点差以上の接戦を見せてくれた1994年。
 中盤に食らった集中攻勢の前に敗れ去った1995年。
 有望な下級生の前に「3年生の意地」を見せた1996年。

 この3年間、苦戦続きだったが、伊達に苦労していたわけではない事を見せ付けた。

 1997年。9回4点差を追いつき、延長11回に勝ち越し一勝まであと少し…。だが、総力戦で選手達も疲弊しきってしまい、その裏に逆転され敗退…。
 1998年も食らいついたものの、9回の6失点が響き敗れ去った。
 大会ナンバーワン投手に16三振無安打に抑えられた1999年。
 だがその年は、大会に参加できた事自体が成長の証だった。
 2000年は全員残った3年生の奮闘も及ばず、惜敗。
 2001年も中盤の大量失点が響き、勝つ事ができなかった。

 いい試合をした年もあった。しかし、苦戦した年も、決して選手が緩んでいたわけではない。人間の成長という意味では、決してどの年も劣っていたわけではなかった。

 2002年。この年から強くなり始めた大野の前にエラーから敗れ去り
 2003年。資質としては優れていたメンバーだったが相手が一枚も二枚も上だった。

 少子化が響き、段々と9人そろえる事すら大変な状況になっていった。
 だけども、グラウンドにいる選手達は、それでもひるむ事は無かった。
 どういう状況でも 夏の一勝に向けて、歩みは続けていた。

 2004年。2人で支えたチームも7回までしかゲームをすることができず、
 2005年。4人+2人で奮闘するものの、相手校の総力戦の前に屈した。
 そして、去年。センバツ出場チーム相手に2点奪い、敗れ去った…

 こういう積み重ねを経ての2007年。
 記事に書いたとおりの“激闘”を見せてくれた。

 夏の大会一勝とともに、人間としての成長を目指し続けてきた大農野球部。
 夏の選手権大会の一勝こそならなかったが
 一人間としての成長は勝ち取る事ができている。

 高校の再編によって、大船渡農業高校は、今年限りで姿を消す。
 当然、大農野球部も、今年限りで姿を消す。
 激戦を証明したスコアボードが消えてしまったが、
 これまで付き合ってきた後輩の頑張る意思は
 死ぬまで消える事はないだろう。

 試合後のミーティングが終わり、関わった先生方にお礼を言い(選手達とは…没交渉だから)帰宅の途についた。
 野球場を離れる時に思った。
 「これで、俺が青春の居場所を求めた“大農野球部”も…」
 一抹の寂しさが、自分の涙腺を弱くした。

 高校野球。高校生のスポーツ。
 強い所や“タレント”を追いかける、というのも見方の一つかもしれない。
 だが、あくまでもスポーツを通じた「人間の形成」の場というのが本来の姿。

 1993年以来、ついぞ夏の選手権大会で勝つことはできなかったけども
 「人間の成長の場」としては最高の場所であった大船渡農業高校野球部。
 その場に関わったすべての野球部員、野球部関係者
 そして、大農野球部を応援していただいたすべての方に
 深く頭を下げお礼を申しあげます。

 居場所を作ってくれてありがとう。
 この18年間を忘れずに
 私はこれからも生きていきます。

♪湛えて深き 盛湾
 そびえて高き 五葉峰
 山海景勝の 地を占めて
 樹(た)てる 我らが 大船渡農


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